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家族みんなのアメリカ留学

1年以上
5月24日
すっかり間が空いてしまいました。まだまだ、アメリカで生きています。97年の香港での治療を含め昨年で3回の不整脈治療を経て、体調もすっかりよくなりました。
2月にカリフォルニア州の弁護士試験を受験しました。三度目の受験でしたが、残念な結果となりました。点数も1068で合格水準とは開きがあります。しかし、今回は、正直言って前二回よりも、ずっと手ごたえがあり、勉強の方法にも自分なりの自信を得ましたので、来年2月には必ず合格すべく気合を入れなおして万全の備えでいきます。他にもカリフォルニアの弁護士試験を目指している方も存じていますが、特に若い層で法務の仲間が増えていくことはきっと日本の将来のためになると思います、がんばりましょう。
1年以上

さて、答えはどれになりましたでしょうか。

ずばり、正解は3です。理由は、米国法では、年をとって歯やツメがなくなっても、クマはクマ、危険な動物には変わりないとされているからです。ここからは、少し法律の話になりますが、米国法の厳格責任の法理は、世間一般で危険とされていることを行う場合に、文字通り、通常よりも厳格な責任を課すものです。ですから、対象になるのは、動物の飼い主や、危険な物質を製造・保管している事業者などです。危険の度合いについては、ちょっと面白い考え方をしています。例えば動物の飼い主の責任については、肉牛などは、いくら気性が荒くても、牛はもともと家畜とみなされているので、誰かが被害にあった人が肉牛の飼い主を訴えても、この法理によっては裁判に勝つことは難しいということになりそうです。逆に、このケースのように、年老いていて歯もツメもない、どう見ても、危害を及ぼすとは思えないような状態であっても、クマであることそれ自体が危険な存在と見なされ、飼い主には通常よりも厳格な責任が課されることになります。ですからこのケースのように、突然の落雷という、飼い主の落ち度とは思われない理由であっても、クマがオリから逃げ出して、それを見た人がびっくりして怪我をすれば、責任を問われると言うことになります。もちろん、家畜であっても、常識的に見て明らかに飼い主の買い方に問題がある場合には、そのことを理由に、その家畜が及ぼした危害に対して、飼い主が責任を負わなければならない可能性があることは言うまでもありません。以上、米国法の厳格責任のお話でした。何だか、少し普通の考えとは違うようですが、危険な行為というのを米国法がどのように見ているかが伺えて、興味深いと思います。

それでは、また。

1年以上

アメリカの法律を勉強していると、いろいろな面白い事例が出てきます。弁護士試験の問題でも、そのような事例を基に法律上の論点を尋ねるものがあり、出題者は毎回、過去の事例に手を加えて新しい問題を作っているように思われます。事例の中には、少し現実離れしたものもありますが、それをまた、大真面目に法律論で解説しているところもご愛嬌だと思います。一人でニヤニヤしながら勉強しているだけではもったいない。それで、模擬試験や練習問題の中から、ちょっと面白い問題をいくつか選んでご紹介します。ご興味のある方は「おもしろ米国法」を楽しみながら、ちょっとお付き合いください。


「ある男がペットとしてクマを飼っていた。ただ、クマといっても高齢で、既に歯もツメもなく弱々しいクマだった。しかし、近くでクマをペットで飼っている人もいなかったので、みんなは、このクマを見に来ていた。クマはずっと以前から鋼鉄製のオリに入れられていた、オリには、暗証番号を入力しなければ開かない電気錠がついていた。昔は元気だったクマも今は年老いて、危険はなくなっていたが、それでも相変わらず頑丈なオリに入れられ、常に施錠されていた。ある晩、農夫が出かけている時に嵐が来てオリに落雷があった。そのため、あろうことかオリの扉が開いてしまい、クマが逃げ出してしまった。次の朝のこと、10歳の少女が田舎道でスクールバスを待っていた。そこに、逃げ出したクマが現れた。クマは林の中にいたが、少女に向かって30メートルくらいの距離まで近づいてきた。少女は、悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。逃げる途中で転んで腕を骨折してしまった。」

 

事件は、以上の通りです。問題は、もし、その少女が「厳格責任理論」に基づいて自分のケガの賠償を求めて男を訴えたとしたら、裁判ではどちらが勝つでしょうかと言うものです。

 

選択肢は、

1 クマは、既に危険ではなくなっているので少女の負け。

2 少女のケガは、通常、クマが起こすようなケガではないので少女の負け。

3 クマは、野生の動物だから少女の勝ち。

4 クマを飼うことは、この辺りでは珍しいので、少女の勝ち。

さて、いかがでしょう。解答は、次回のお楽しみです。

 
1年以上
4月19日
もう2週間ほど前になりますが、三男の大学のHonors Dayに行ってきました。ニューヨークからオハイオまで、早朝6時発の往路フライトで帰着は夜の10時過ぎという日帰り弾丸旅行でした。

Honors Dayは、年に一度、卒業式を前に、教授や学生の表彰をまとめて行う日で、名誉教授の称号を授与される教授が呼ばれて称号授与の後にちょっとしたスピーチがあったり、卒業後にフルブライトの留学生に選ばれた学生の紹介があったりします。特に、各学部の優秀な学生、スポーツ・地域貢献活動などで特筆すべき学生なども表彰されます。

式は、正装した教授陣の入場に始まる厳かなものですが、そこはアメリカ、学生たちは、ジャケットにネクタイの子もいれば、普段どおりのジーパン姿のもいます。親が来ることは希で、特に卒業式の一ヶ月前とあっては、無理もないところです。そんな中で、わざわざニューヨークから飛行機とレンタカーで駆けつけた私たちは、いったい何者(笑)。

学生たちにも親たちにも、事前に招待のメールが来ますが、当日のその場の発表まで、どうして表彰されるかは伏せられています。もちろん、学生の中には、一人で何回も名前を呼ばれる子もいます。さて、我が家の三男、化学専攻の学生の中で、最も優秀だった由で、特に卒業研究が立派だったとのことで表彰されました。壇上で学長と肩を抱き合うパフォーマンスで、会場の喝采を浴びていました。ご褒美は、一冊の本と、金一封。それに、小さなプレートに名前を刻んで、学内に永遠に残すと言う名誉でした。

何だそれだけ?と言えばそれだけのこと。三男の出番は1分もかからないで終わりました。でも、頭の中には、2004年に仕事を辞めてアメリカに残ることを決め、3人の子どもたちに、ここでなければ受けられない教育をと願った、あの瞬間がよみがえっていました。重大な決断をしたのはよかったのですが、翌年の春には、高校の成績は良かったのに、長男が出願した大学全部から不合格通知をもらって絶望したこと。そして、その4ヵ月後に、「奇跡の」大逆転で、長男がケニヨン大学に入学を認められるまでのつらい日々。それから10年にわたって兄弟3人が学んだケニヨン大学の物語が、これで、ひとつの到達点を迎えたような感慨にを感じていました。大げさかもしれないけど、ほんの小さなプレートだけど、日本から留学生としてやって来た第一世代の学生が伝統ある大学のキャンパスに名前を残すことになって、何だか、私たち家族がみんなでアメリカに残ったという選択に対する答えを与えられたように感じました。

とはいえ、卒業研究に熱をいれすぎ(?)たのか、大学院に行くと言っていたのに、どこにも出願せず、卒業後の進路も決まらないまま、春休みには、在学中にこつこつと貯めたのをはたいて、入学以来の仲良し達とカリブ海クルーズを楽しんだ三男。何を考えているのか(!)、その辺が、若さというのか、アメリカ流というのか。その話をすると、本人は一瞬、真剣な目になりましたが、一方で、お仲間たちは、これからたっぷり時間をかけて先のことを考えますなんてのたまう始末。まあ、全てを手放しで大喜びできないところも、現実味があっていいか(涙)、などと納得しつつ、帰ってきました。
1年以上
9月20日
三男がケニヨン大学で過ごした4年間。いったいいくらかかったのか。そして、その費用はどうやってカバーされたのか。ためしに4年分を表にしてみました。
大学に払った費用としては、学費、それに寮の部屋代とカフェテリアの食事代を積み上げました。
大学への支払い原資は、大学からの奨学金(グラント)、連邦の学生ローン(本人名義のローン)、メリットスカラーやキャンパスジョブ、それに、親のサポートです。

4年間にケニヨン大学に払った学費は、約17万ドル。1年間に平均約42500ドルで入学当初からみて4年目は10%程度アップしています。それに、寮の部屋代とカフェテリアの食事代を加えて、大学への支払いは、4年間で合計約22万ドルでした。

それに対して、大学からいただいたグラントは、約15万ドルでした。支払いの約3分の2がグラントでまかなわれました。残った7万ドルは、連邦の学生ローン2万ドルと家族からのサポート約2万ドルでした。あとの3万ドルはメリットスカラー(STEM奨学金)や、寮のお世話役をすることで部屋代と同額の奨学金をいただいていたので、それらの収入から診療所費などの諸雑費を差し引いたものです。

グラントは返さなくてもいい奨学金ですのですが、本人のローンと家族のサポート分は持ち出しですのでこれらが合わせて約4万ドル。つまり、年間に約100万円が実質負担となります。ちなみに、これ以外にも、実際には、夏休みや冬休みの帰省費用や本人のお小遣いなどがかかっていますが、それらは含まれていません。

さて、我が家の三男のケニヨン大学卒業までの収支を卒業まで8ヶ月を残して、一足早く出してみました。三男の場合、費用の約6割強の奨学金をいただいているので、アメリカの平均的な学生よりは、恵まれていたという感もありますが、それにしても、年間100万円プラスアルファを高いと見るか安いと見るか。

次回以降で、日本の大学進学事情なども、少し調べつつ、もう少し考えてみたいと思います。


家族みんなのアメリカ留学

作者:parenthood

家族みんなのアメリカ留学

子供には、日本では望むことができない高いレベルの教育を、自分自身は、大手商社、地方公務員、領事、スタンフォードの研究員と積み上げてきた職歴と安定した仕事を捨てても、できれば新たなキャリアを・・・。仕事でアメリカに来たことがきっかけで、子供たちはすっかり現地の高校になじんでしまい、そんなこんなで私は40代後半でアメリカの大学院生になりました。妻と子供たちと自分と・・・家族みんなが留学生になり、支え合い、悩みながらのアメリカ留学の挑戦の記録です。(小倉高校卒業です(70年代))

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